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大阪高等裁判所 昭和60年(ラ)344号 決定

抗告人(債務者)

破産者株式会社吉村工務店破産管財人

坂口勝

相手方(債権者)

堀田鋼機株式会社

右代表者

堀田良清

第三債務者

株式会社六商

右代表者

服部輝三

主文

一、原決定を取消す。

二、債権者の本件債権の差押及び転付命令の申立を却下する。

理由

一、本件抗告の趣旨と理由は別紙のとおりである。

二、当裁判所の判断

(一)  動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使するためには、民法三二二条、三〇四条一項に基づき先取特権者自らが債務者の第三債務者に対する売買代金をその払渡前に差押えることを要するところ、その差押には民事執行法一九三条一項所定の「担保権の存在を証する文書」を執行裁判所に提出しなければならない。

この「担保権の存在を証する文書」(以下「担保権証明文書」ともいう)とは、同法一八一条一項一号ないし三号、同法一八二条との対比、それらの立法の経緯、先取特権の実効性の維持、債権者の保護などの諸点を考慮すると、必ずしも公文書であることを要せず、私文書をもつて足るし、一通の文書によらず複数の文書によることも許されるが、それによつて債務者に対する担保権の存在が高度の蓋然性をもつて証明される文書であることを必要とする。観点をかえてみると、そこには文書をもつて担保権の存在を証明することを要する一種の証拠制限が存在するといえる。

したがつて、右の担保権証明文書は、動産売買の先取特権に即していえば、債務者が直接関与して作成した当該商品の売買契約書等のいわゆる処分証書がこれに該ることはいうまでもないが、前示民事執行法一九三条一項は厳格な法定証拠を定めたものではないから、債務者が関与作成した債権者債務者間の商品売買の基本契約書があり、それに基づく当該商品の移転と債務者が作成した転売先たる第三債務者への納品書、メーカーから転売先へ直送した当該商品の運送業者保管にかかる商品受領書(転売先の押印あるもの)など複数の文書を総合して、担保権の存在が高度の蓋然性をもつて肯認される場合には、同条所定の担保権証明文書といつて差支えない。

しかしながら、担保権証明文書を定めた前示法意に照らすと、債務者以外の債権者、第三債務者らが事後的に作成した上申書ないし陳述書などをもつてこれに充てることはできないものというべきである。

(二)  本件において事件記録中の前示担保権証明文書として債権者が提出した文書をみると、原審で提出された債権者作成の得意先売上台帳、当審で提出された右同様の得意先売上台帳、納品書があるほか、債務者の関与作成したものとして、当審で追加提出された債務者振出の約束手形四通及び債権者、債務者間の奈良地方裁判所葛城支部の売掛代金請求事件の判決(欠席判決)及びその確定証明があり、これらの文書を考え併せると債権者が抗告人(債務者)に対し本件鉄骨の売買代金債権を有している事実の証明があるといえるけれども、これが第三債務者に転売されて抗告人(債務者)が第三債務者にその転売代金債権を有している事実、即ち、民法三〇四条所定の先取特権の目的物の売却とそれにより債務者が受けるべき売買代金の証明があつたものとはいえない。

かえつて、前示各文書及び事件記録に照らすと、抗告人(債務者)は第三債務者から第一物産及び高山マンションの鉄骨工事を請負つたもので、抗告人は第三債務者に対し前記転売代金ではなく請負代金債権を有するに過ぎないものと推認できる。

そして、請負人に建築材料を売却供給した者は、請負人が注文者から受けるべき報酬、即ち請負代金に対し先取特権を行使できないことはそれが民法三〇四条の目的物の売却、滅失又は毀損によるものではないことから明らかである(大審院判決大正二・七・五民録一九輯六〇九頁参照)。

なお、以上のほか債権者主張の右転売及び転売代金の存在を証明するに足る債務者の作成関与した担保権証明文書は存在しないし、債権者側が事後的に徴取した報告書二通が原審において提出されているが(原審記録四一、四二丁)、これが民事執行法一九三条一項所定の担保権証明文書に該当しないものであることは前示のとおりであるうえ、これらのうち右転売及び転売代金の存在をいう部分は前掲各文書とくに前示欠席判決中の債権者自らが主張する請求原因事実に照らしても遽かに措信できないので、この面からみても担保権を証明するに足る文書に当らないものというべきである。

三、よつて、本件においては民事執行法一九三条一項所定の「担保権の存在を証する文書」の提出がないというほかないので、その余の判断をするまでもなく債権者の動産売買の先取特権(物上代位)に基づく本件債権の差押及び転付命令の申立は失当としてこれを棄却すべきものである。したがつて、これを認容した原決定は相当でないからこれを取消し、債権者の右各申立を却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官長谷喜仁 裁判官吉川義春)

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